地元探訪記 Vol.113
『想い出の場所①三角広場』
    
三角広場正面入り口
緑橋通りを東に進み、参宮通りを横切った先に薄くスライスする分岐路があります。Vol.95で紹介した神原通りはこの分岐点を横切っています。分岐路の先でも広い道が交わっており、三角形の領域が取り残されています。この場所は東新川緑地と呼ばれています。東新川緑地は市公園緑地課の管理する唯一の緑地ですが、その形状から昔は三角広場と呼ばれていました。呼んでいたのは…他ならぬ私を含む近所に住んでいた当時の子どもたちです。今も同様に呼ばれているかも知れません。

三角広場の全景

緑橋通りと恩田に向かう道の分岐点
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彫刻「鳥とあそぼう」(池だった時期)
私はこの近くで生まれました。家の前の道 =背景写真= は未舗装路で、子どもたちはまだ交通量の少ない道路や三角広場で遊んでいました。幼少期から内向的だった私は近所の子どもの輪に入っていけず、一人でブランコを漕いでいたのを思い出します。現在の活動を始めた十数年前にここを再訪したとき、土の地面が殆どなくタイルに置き換わっているのを見てがっかりしたものでした。しかし今ではここが三角広場のまま残っていることを嬉しく思います。

紙面掲載時の背景写真

ブランコがあった場所
昭和初期の地図を参照すると、まだ三角広場の元となる道がなく直線路だけです。この道は昔の常盤通りから緑橋通りを経て常盤池に向かう経路の一部です。昭和30年代の都市計画図には東新川駅付近から三角形の底辺部分を通る道の記載がみられるので、この頃に広場として残されたのではないかと思いました。

昭和2年の地図

昭和30年代末の航空写真
文責/宇部マニアックス(山本健二)
宇部マニアックス ウェブサイト
http://ubemaniacs.main.jp
情報提供・問い合わせ
sta_vanilla@hotmail.com
※2025年10月31日に修正・更新した記事です。 お出かけの際はお店の公式サイトやSNSなどで最新の情報を確認してお出かけください。
 
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 





