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地元探訪記 Vol.67
『山陽道を歩く ⓵どんだけ道』

2021.12.24

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春日側入り口と山陽道の石碑

どんだけ道とは昔の山陽道(西国街道)の一部で、春日 — 辻堂間を特にそう呼んでいます。県道側に目立つ説明板が出ているのでお気づきの方も多いでしょう。どんだけ道の由来には二つあり、殿様だけが通れる道という説と、どん岳への登山道だったという説があります。


舗装から山道


足元の悪い所に敷かれている木材

 

現在の国道2号は厚東川沿いの「ゆるきとう」(Vol.56参照)を経由していて、東西を結ぶ遙か昔の道も最初はそこを通っていました。しかし厚東川が増水すると危険なため、内陸部を通る街道が整備されました。軽トラ一台がやっと通れる幅ですが、昔は馬一頭が歩ける道幅が一般的でしたから、この幅の道なら当時は(現在の山陽自動車道のように)高規格道路だったでしょう。


春日側からの眺望


辻堂川入り口

特に印象深い場所として、辻堂側の玉木坂があります。名前はこの坂道を整備した代官に由来します。距離は短いのですが、歩いても結構息があがる厳しい坂道です。歩きながら観察すると、山の斜面をある程度掘り割って一定勾配の坂を造ったことが窺えます。そのままだったら荷車を牽いて登るのは非常に困難だった筈です。春日側が比較的緩やかで長い登り坂が続くのとは対照的です。

二俣瀬地区にある玉木坂


玉木坂近くの大歳社


坂入り口の庚申塚

玉木坂の登り口には庚申塚があります。東岐波のサヤノ峠(Vol.28)にも登り口の横に無文字庚申がありました。行商人や旅人は坂の下で一息つき、庚申塚に道中の安全を祈願して坂を登り始めたことでしょう。

©地理院地図

文責/宇部マニアックス(山本健二)

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